今回は鎌倉時代の(主に貴族の)結婚について触れたいと思います。前回、前々回の結婚の歴史では妻のもとに三日通い続け、結婚の儀式を行い、さらに通い続けた結果、主に妻方の実家で同居を開始。しかし、この同居がずっと続くわけではなく、一定期間のこの同居の後、家を新しく立てたり、妻の両親から家を明け渡してもらうなどして、完全に2人きりの同居を開始する、という流れだと説明しました。
しかし、今回の鎌倉時代の結婚からは大きくその流れが変わります。
まず、妻取婚の増加です。平安時代は招婿婚が多かったですが、鎌倉時代からは妻取婚が増加しました。元々は武士が結婚してもその土地を離れることができない為に嫁が婿の家に入る結婚スタイルを取っており、武士の勢力が強まり、公武での結婚が増えたことから貴族階級にまで広まっていきました。公家では武士の勢力が強まったことによる経済状況の悪化から、息子夫婦と両親は同一敷地内ではあるが別棟で暮らしたり、同棟での同居をすることが増えました。平安時代には同じ建物や敷地で二世帯が暮らすことはタブーとされていたのでここから貴族の権力や財力の低下が分かりますね😢
婚姻関係がスタートし、夫方(夫の実家か、夫 の実家の所有する家)における妻の同居が始まって以後に、吉日を選んで、妻の実家で聟入りする儀式が行われました。
ここまで鎌倉時代の貴族の結婚について触れてきましたが、庶民層においては、嫁取婚が主流となった鎌倉時代においても、儀式としての聟入は継続していたようです。
いかがでしたか?貴族の時代から武士の時代に変わり、結婚の仕方にも大きな影響があったことがわかりとても興味深かったのではないでしょうか?
次回も鎌倉時代の結婚について触れたいと思います☺️