この記事では結婚の歴史~弥生時代編part2~で触れた内容をもう少し掘り下げてみたいと思います。
前回の結婚の歴史の記事で一定期間の妻問を経て、夫または妻の家で同居すると書きました。しかし、この話は第一の妻、つまり正妻だけの話なのです。
魏志倭人伝に身分の高い者は4~5人、一般の身分の者でも2~3人の妻を持つ者がいる」と書かれており、一夫多妻制であったことがうかがえます。
では、正妻以外の第2、第3の妻やその子供たちはどうしていたのでしょうか。ある研究者は、彼女たちはそれぞれ別に家を持ち、成人前の子供たちと暮らし、そこに夫が通う形であったのではないかと考えています。
弥生時代の結婚の歴史はいかかでしたか?正妻ではない妻とその子供たちはは夫(子供にとっての父)に会える時間が少なかったようで少し寂しく感じますね…